30秒サマリー
- Claude Mythos PreviewがNIST審査中の量子後暗号「HAWK」の設計レベルの脆弱性を60時間で発見
- HAWKの実効鍵強度を半減させる攻撃を確認。現行システムへの実害はなく、責任ある開示手順に従い公表
- AIが暗号アルゴリズムの数学的設計の欠陥を発見できる段階に到達し、暗号標準策定プロセスへの影響が注目される
何が起きたか
Anthropicのフロンティア・レッドチームは2026年7月28日、AI「Claude Mythos Preview」を用いて2件の暗号アルゴリズム攻撃の改善に成功したと発表した。従来、AIによる暗号解析は実装コードのバグ発見にとどまっていたが、今回はアルゴリズムの数学的設計そのものの欠陥を突く攻撃を発見した点が新しい。
第1の発見は、米国立標準技術研究所(NIST)が量子コンピュータ耐性を持つ次世代デジタル署名方式として第3ラウンド審査中の「HAWK」に対するもの。Mythos Previewは1人の研究者と協働し、60時間かけてHAWKの格子構造に存在する「非自明な自己同型写像」という未発見の対称性を特定した。これにより従来知られていた最良攻撃を大幅に改善し、同等のセキュリティを維持するには鍵サイズを2倍にする必要があることを示した。具体的にはHAWK-256に対するフル鍵回復攻撃のコストが、従来想定の2の64乗から2の38乗へと低下したと原文は述べている。2件の発見それぞれに約10万ドルのAPI費用を要したと記載されている。
第2の発見は、2001年にNISTが標準化した対称暗号「AES」の簡略版(7ラウンド版)に対する攻撃改善。Mythos Previewは完全自律的に動作し、攻撃者が必要とする推測回数を1つ削減することで、既存の最良攻撃と比較して200〜800倍の高速化を達成した。いずれの発見も現行の本番システムには影響しない。HAWKはまだ標準化されておらず実運用されていないこと、AES攻撃は簡略版にのみ有効であることが理由だ。
Anthropicは発見後、責任ある開示手順に従い、HAWKの場合は2026年6月に開発者へ事前通知し、NISTのメーリングリストへの公開と論文発表を同時に行った。また、ETH Zurich・テルアビブ大学・TUベルリンの研究者と連携し、LLMの暗号解析能力を評価するベンチマーク「CryptanalysisBench」を開発・公開した。
原典ハイライト
原文によれば、Mythos Previewは「ほぼ自律的・人間の介入なし」でこれらの成果を達成した。HAWKの発見プロセスでは担当研究者は格子暗号の専門家ではなく、Mythosへの指示は「どのライブラリを使うか」といった非技術的なプロジェクト管理にほぼ限定されたと記されている。また、マルチエージェントのワークフローでは2つのワーカーエージェントが協調し、一方が有望なアイデアを早期に棄却したところ、もう一方がそれを発展させて攻撃を完成させたという過程も詳述されている。
出典: Anthropic Research(公式ブログ)
So What?(なぜ重要か)
AIが暗号アルゴリズムの「実装バグ」だけでなく「数学的設計の欠陥」を発見できるフェーズに入ったことが今回の最大の意義だ。攻撃者側も同様のAIを活用して暗号標準の弱点探索を低コスト・短期間で実施できることを意味し、暗号標準の審査プロセスや、現在運用中のシステムの安全マージン評価において、AI活用の組み込みが不可欠になりつつある。一方でAnthropicは「これは意図通りに機能している暗号研究であり、アルゴリズムへの信頼を高め最終的にシステムをより安全にするストレステスト」と位置づけている。
日本企業への示唆
日本企業にとって当面の直接リスクは限定的だが、今回の発見が示す能力の方向性は重大だ。第一に、社内システムや製品が依存する暗号ライブラリ・アルゴリズムの「ポスト量子対応状況」を改めて棚卸しする好機となる。NISTのPQC標準化プロセスを注視し、HAWKのように候補が弱体化した場合の代替方針を事前に持っておくことが望ましい。第二に、セキュリティ担当部門はAIを用いた自社システムの脆弱性診断(レッドチーミング)が1件あたり約10万ドル規模のコストで現実的に実施可能な時代に入ったことを認識し、外部委託先の選定基準や社内対応方針の見直しを検討すべきだ。
背景・経緯
Anthropicは以前にも同じClaude Mythos Previewを使い、各種ソフトウェアの脆弱性をほぼ自律的に発見・悪用できることを示していた。その際の対象は暗号ライブラリの実装バグだったが、今回は一歩踏み込み、アルゴリズムそのものの数学的欠陥の発見に成功した。NISTの量子後暗号標準化プロセスは約10年に及ぶプロジェクトで、過去にはSIKEというアルゴリズムがノートPCで1時間以内に完全に破られた事例もあったと原文は述べている。



